SaaS KPIとは?SaaS独自の指標を使う意味と使い方を紹介
SaaSビジネスでは独自のKPIが用いられています。KPIとは重要業績評価指標(Key Performance Indicator)の略称で、事業や組織の目標管理には欠かせません。SaaSビジネスが他のビジネスとは違うKPIを用いるのはなぜでしょうか。この記事ではSaaSビジネスのKPIとは何かを具体的な指標を挙げて解説していきます。
SaaSビジネスの特徴
SaaSビジネスは、クラウド上にあるソフトウェアをサービスとして提供するビジネスモデルで事業を展開しています。多くのSaaSビジネスは、ユーザーにアカウントを発行してソフトウェアを利用する権利を与える代わりに、契約期間に応じて課金するサブスクリプション型のモデルを用いています。
ユーザーにとってはソフトウェアをインストールせずに利用を開始できることに加えて、導入コストも低いというメリットがあります。昨今はリモートワークの浸透により、インターネット環境があればどこでも利用できるSaaS製品の導入が進んでいます。
SaaS独自のKPIとその重要性
SaaSビジネスのKPIでは他のビジネスとは異なる指標が用いられています。なぜなら、SaaSビジネスはユーザーの継続利用が重要なストックビジネスだからです。
ソフトウェアを販売するフロービジネスでは新規顧客を開拓して新たに売ることが重要になります。しかし、SaaSビジネスではユーザーと定期契約をして一定期間ごとに料金を支払ってもらう仕組みです。そのため、契約の解約や契約金額の変動が事業の成長性や継続性にかかわる重要なKPIになります。
また、SaaSビジネスでは契約に継続期間があるため、契約状況や顧客の継続率から売上の予測をしやすい点が特徴です。SaaSのビジネスモデルに合う独自のKPIを利用すると、将来の売上や顧客動向の予測精度が高まります。
押さえておくべき16種類のSaaS KPI
SaaSビジネスのKPIは成長性・効率性・継続性を測定するKPIに分けられます。ここではそれぞれの種類から重要なKPIをピックアップして意味をご紹介します。
成長性を測定するKPI
成長性を測定するKPIとはビジネスの売上が伸びているか、今後の売上はどうなるかを評価する指標です。SaaSビジネスで成長性を確認するときは以下の6種類が有効です。
- MRR(Monthly Recurring Revenue)
- CMRR(Committed MRR)
- ARR(Annual Recurring Revenue)
- Quick ratio
- ARPA・ARPU(Average Revenue Per Account/User)
- ASP(Average Sales Price)
MRR
MRRとは「月間経常収益」のことで、毎月の収益額の合計金額を指します。SaaSビジネスによる収益規模がわかる指標です。成長性を測定するKPIとしてはMRR成長率がよく用いられています。
MRR=月額利用料×顧客数
MRR成長率=期末MRR/期首MRR−1
MRR成長率をKPIにすると一定の期間にMRRがどれだけ伸びたかがわかります。事業拡大に応じてMRR成長率が増加していくことが理想的です。
なお、MRRは顧客の前月と今月の契約状況からチャーン、コントラクション、エクスパンション、新規顧客の4つに分類して分析することが可能です。どの指標もKPIとして活用することができます。
- チャーン:無料プランへの変更または解約によって減ったMRR
- コントラクション:契約金額が小さくなって減ったMRR
- エクスパンション:契約金額が大きくなって増えたMRR
- 新規顧客:新規契約または無料プランから有料プランへの変更で増えたMRR
ARR
ARRは「年間経常収益」のことで、一般的にはMRRを12倍して計算します。直近の月のMRRに基づいて今後の収益を予測するのに有効な指標です。
ARR=MRR×12
企業価値の評価指標としてARRはよく用いられています。SaaSビジネスでは経営の健全さの判断に使われることが多いのが特徴です。
CMRR
CMRRは「確約された月間経常収益」のことです。SaaSビジネスでは必ずしも月単位の契約ではなく、半年や1年、3年などといった契約をするケースがあります。将来に予想される売上の中でほぼ確定的な部分を取り出した指標です。成長性のKPIとしてはCMRR成長率がよく用いられています。
CMRR成長率=期末CMRR/期首CMRR−1
CMRRが伸びていれば長期契約で安定した収益を確保できているとわかります。ユーザーの継続利用を目指す必要性が高いSaaSビジネスの特徴にマッチしたKPIです。
Quick Ratio
Quick Ratioは「一定期間に獲得したMRRと失ったMRRの比率」です。SaaSビジネスの成長の速さと健全さを総合的に評価する指標として活用されています。
Quick Ratio=(新規顧客MRR+エクスパンションMRR)/(チャーンMRR+コントラクションMRR)
Quick RatioはSaaSの質の評価に適しています。Quick Ratioが上がっているということは、サービスが向上して顧客から選ばれていると判断可能です。競合との競争力の有無を見極めるKPIにもなります。
ARPA・ARPU
ARPAは「1アカウント当たりの平均収益」です。ARPUの場合には1ユーザー当たりの平均収益を指します。複数のプランを提供しているときに、より高いプランを選んでいるアカウント・ユーザーが多いほどARPA・ARPUが大きくなります。
ARPA=MRR÷総アカウント数
ARPU=MRR÷総ユーザー数
SaaSビジネスでは取引先の1アカウントに対して料金を請求することもあれば、取引先の企業内のユーザー数に応じて金額設定をすることもあります。ARPAとARPUの基本概念は同じですが、KPIとして使用するときには社内で齟齬が生じないようにすることが大切です。
ASP
ASPは顧客単価のことで、「新規顧客1社あたりの収益」を意味します。ASPが増加していればSaaSサービスの新規契約による利益が大きくなっていると評価できます。
ASP=一定期間における新規顧客MRR/同期間内の新規獲得顧客数
SaaSビジネスでは顧客維持と新規顧客獲得のどちらの戦略を取るかが重要課題になります。ASPに基づいて営業戦略やマーケティング戦略を策定することが可能です。
効率性を測定するKPI
効率性を測定するKPIとはビジネスのコストパフォーマンスの高さを評価する指標です。SaaSビジネスの収益効率の高さを確認するには以下の5つの指標が役に立ちます。
- LTV(Life Time Value)
- CAC(Customer Acquisition Cost)
- ユニットエコノミクス
- CAC Payback Period
- ランウェイ
LTV
LTVは「顧客生涯価値」のことで、顧客が利用開始してから解約するまでにもたらす収益の指標です。
LTV=ARPA(ARPU)×平均継続期間
LTVが上がれば顧客1社あたりの収益を概算できます。SaaSサービスを改善した結果評価に用いたり、新規顧客獲得にかけられるコストを検討したりするのにも用いられるKPIです。
CAC
CACは「顧客獲得単価」で、CPA(Cost Per Acquisition)やCCA(Cost of Customer Acquisition)と表現されることもあります。
CAC=顧客獲得に費やした費用/新規顧客数
CACが低いほど収益率が大きくなりますが、CACを重視しすぎると新規顧客の獲得が難しくなりがちです。営業やマーケティングの効率を評価するのによく用いられているKPIです。
ユニットエコノミクス
ユニットエコノミクスは「顧客あたりの採算性」を示すKPIです。顧客の獲得コストあたり収益を計算してユニットエコノミクスを導き出します。
ユニットエコノミクス=LTV/CAC
SaaSビジネスが顧客単位で考えたときに収益効率が高いかどうかを見極めるKPIです。新規顧客獲得にかけたコストの評価にも用いることができます。
CAC Payback Period
CAC Payback Periodは「顧客獲得コスト回収にかかる期間」の指標です。新規顧客獲得にかけたコストを回収するのに必要な期間を示しています。
CAC Payback Period=CAC/(ARPA×売上利益率)
SaaSビジネスではCAC Payback Periodが長すぎるとキャッシュフローの問題が生じます。1年以内を目安にして新規顧客コストの調整をするのが一般的です。
ランウェイ
ランウェイは「猶予期間」と言われる指標で、SaaS企業が資金をゼロにせずに経営を続けられる期間を指します。ビジネスにかかっている1ヶ月あたりのコスト(資金燃焼率)の指標としてKPIにも用いられるバーンレートから計算されます。
ランウェイ=キャッシュ/バーンレート
ランウェイの算出には総コストのグロスバーンレートから収入を引いたネットバーンレートを用いるのが一般的です。ランウェイは資金調達の必要性を評価する上で重要な指標になります。
継続性を測定するKPI
継続性を測定するKPIとはビジネスを今後も安定して続けられる状況かどうかを評価する指標です。SaaSのビジネスモデルに合わせて事業の継続可能性や継続可能期間を確認するには以下の5つの指標を活用します。
- CVR(Conversion Rate)
- チャーンレート
- NRR(Net Revenue Retention)
- CRR(Customer Retention Rate)
- 平均継続期間
CVR
CVRは「顧客転換率」、「コンバージョン率」のことで、契約や問い合わせに至った顧客の比率です。SaaSサービスのマーケティングにおいて重要なKPIです。
CVR=コンバージョン数/サイトアクセス数や広告クリック数など
コンバージョンは最終結果で、SaaSサービスでは契約とする場合が多くなっています。サイト集客をしたときにはサイトアクセス数、広告出稿をしたときには広告クリック数を分母として比率を計算するのが一般的です。
チャーンレート
チャーンレートはSaaSビジネス独特のKPIで、「解約率」を示します。既存顧客が解約した割合を人数で評価するカスタマーチャーンレートと、解約数による影響で減少した収益で評価するレベニューチャーンレートがあります。
- カスタマーチャーンレート=月間解約顧客数/前月末における総顧客数
- グロスレベニューチャーンレート=(コントラクションMRR+チャーンMRR)/前月のMRR
- ネットレベニューチャーンレート=(コントラクションMRR+チャーンMRR-エクスパンションMRR)/前月のMRR
2つのレベニューチャーンレートの違いは継続顧客が高い料金プランにアップグレードしたケースを考慮して相殺するかどうかです。損失部分を懸念する際にはグロスレベニューチャーンレート、SaaSサービスの全体評価を見るにはネットレベニューチャーンレートを用います。
ネットレベニューチャーンレートがマイナスの状況はネガティブチャーンと呼ばれる良好なSaaSビジネスを進められている状況です。収入減少の要因があったとしてもアップグレードや新規顧客獲得によって利益を出せているからです。
NRR
NRRは「売上継続率」のことでSaaSビジネスにおける重要なKPIの1つです。新規顧客を除いた収益が維持できているかどうかを示す指標になっています。
NRR=(期首での合計MRR+エクスパンションMRR−コントラクション MRR−チャーン MRR)/期首での合計MRR
SaaSビジネスの健全性を評価するにも、次の期の収益を予測するのにもNRRを有効活用できます。
CRR
CRRは「顧客維持率」で、既存顧客との契約を継続できている割合です。契約内容にかかわらずに純粋に顧客が解約せずにSaaSサービスを利用しているかどうかを評価するのが特徴です。
CRR=前期からの継続顧客数/前期末の総顧客数
プラン変更によって顧客は最もコストパフォーマンスの高い利用方法にシフトしていきます。SaaSビジネスではCRRとASPを照らし合わせると単価の高い顧客を維持しているか否かを評価できます。
平均継続期間
平均継続月数は継続性のKPIとして最もわかりやすい指標です。顧客が契約を継続している期間を平均化した値が平均継続月数です。
平均継続期間=1/チャーンレート
人数よりも収益に着目して評価することが多いため、チャーンレートとしてはネットレベニューチャーンレートが最もよく用いられています。
ベンチマークの考え方
SaaSビジネスのKPIではベンチマークをどのように定めたら良いのでしょうか。他のビジネスで用いられているベンチマークをそのまま流用できる場合もありますが、SaaSの特徴に基づいて適切な数値目標を定めるのが理想的です。
SaaSビジネスのKPIのベンチ―マークは上場SaaS企業の公開情報が参考になります。上場企業ではIR情報として投資家向けの情報を定期的に公開しているので確認可能です。
例えば、チャーンレートではfreeeは2.0%以下(2019年6期)、Sansanは0.54%(2020年5期)、マネーフォワードは1.2%(2019年11期)、AI Insideでは0.58%(2019年9期)と開示しています。チャーンレートが0.5~2%の範囲であれば、解約率の観点から継続性のあるSaaSビジネスを進められていると考えられます。
ただし、SaaSビジネスは製品によってユーザーの動向に合わせた戦略を策定する必要があります。新規顧客に長期契約の安いプランを選んでもらい、契約継続よりも新規顧客を継続的に獲得する戦略を立てることも可能です。
この戦略ではチャーンレートが高くても、ARPAやASPが高くてMRRが伸びていればSaaSビジネスは成功しています。ベンチマークを設定するときにはビジネス戦略との関係性を考え、重要度の高いKPIから決めるのが大切です。
参考: https://crohack.libcon.co.jp/n/n2efbe375f21a
SaaS独自のKPIを理解して、ビジネスの成長を加速させよう
SaaSビジネスで独自のKPIが重要な理由は、契約に基づいて継続的にサービスを提供して対価を得るストックビジネスだからです。MRRやARRだけでなく、チャーンレートやCRR、NRRなどの継続性を評価するKPIを生かすとSaaSを継続的に成長させられます。上場SaaS企業を参考にして成長性・効率性・継続性のKPIを設定し、定期的に評価して目標管理をしていきましょう。
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